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カテゴリー「勉強会の復習」の記事

2018年12月 1日 (土)

大阪11月の会でのひふみともこ先生のお話(続き)

このところ、物質のみに目を奪われる人間が多くなってきているのでしょうか。便利なのも当たり前、なんでも当たり前の世の中で、便利ではなければ自分は不幸だ、と考えてしまいます。今の子供は水道の蛇口をひねる事を知らず、手を差し出すだけで水が出てくると誤解する子供もいると聞いたことがあります。
何故、今日本がこのように平和なのか、が分かっていないのです。70年前の戦争で大きな犠牲を払った上に今の平和がなりたっているにもかかわらず、守られて当たり前、何にも感謝せず、文句ばかり言っている。これでは日本人の魂は進歩しないように見えます。

ただ、これも神様の目からすれば、すでにお見通しの事なのかもしれません。宇宙カレンダーでいいますと、人間はまだ生まれたばかりだとも言えます。これからも成長し、進化し続けてゆく存在です。機械でも新製品は最初は故障したり誤作動したりします。人間(ホモ・サピエンス)も生まれてからわずか30万年(宇宙カレンダーで言えば12月31日23時58分)くらい。神様のご期待に添える人間としての進化はまだあと何万年、何十万年もかかるのでしょう。今の人間はまだまだ目覚めていません。そのため色々と迷ったり、物質面に目がくらんでしまっているのです。まずは神様の願いに立ち戻ってそれを考えることが進化を始めるきっかけとなります。

人が作ったものというものは、地震や台風の被害をみてもあっという間に壊れてしまうものです。逆に自然の力の大きさをひしひしと感じてしまいます。東日本大震災の時も海が緑色に濁ってしまい、どうなることかと思っていたら、数ヶ月して青く澄んできた。一面の津波に覆われて泥状態の土地にもまた小さな草が生えてくる。この自然の再生力はすばらしいと感じました。
人間は自分たちの作ったものが壊れると嘆き悲しむのですが、自然はそんな時でも、淡々と再生・復活、誕生と成長を続けています。これを見ても人間が如何に自分たちが作ったものに縛られているかが分かると思います。天災で荒廃した町と嘆き悲しむ人間、それとは対照的な自然のたくましい営み。飯尾彦六左衛門尉(いいのおひころくざえもんのじょう)という人が、応仁の乱で荒廃した京都を見て詠んだ歌
汝(なれ)や知る 都は野辺(のべ)の 夕ひばり あがるを見ても 落つる涙は
を思い起こします。人の世の無常、儚さ。自然の営みのたくましさ。私心も計算もなく続けられる宇宙の営み。それは時に冷徹にも思えますが、逆に言えば人間も自然の一部であり、たくましく復活できることを伝えてくれます。
東日本大震災の後でも、荒廃からの復興ということで、何百キロという堤防を作ったりしています。三陸地方には津波が百年くらい前にもあったのですが、それを忘れてまた海辺に家を建てていました。その防潮堤に多額のお金をかけていますが、その防潮堤は100年は持たないということです。
高台移転といって今度は山を切り崩して平らにしています。これが進化した生活と言えるのでしょうか。東京近辺の埋め立て地でも、液状化現象が発生し、道や駐車場が水や泥で覆われたり、建物が傾いたりしてかなり問題視されました。一方、昔からの知恵で建てられていた神社はかなりたくさん残っているようです。
何故、震災に学ぼうとしないのでしょうか。私たちの行動はまだまだ神様のご意図に沿っていないという事ではないかと思います。人間の進化はまだまだ先のことでしょう。

人の進化は人類全体に起こることです。霊的なつながりのため、ひと一人が目覚めれば、それが伝播し、全体が進歩するのです。私たちの前に何代も何代も霊的なつながりがあり、過去にさかのぼり、横のつながりを考えると他の国にもつながっていくものだと思います。

人の進歩というものは、坂を上るように徐々に上ってゆくのではありません。急に階段を一段上がるような上がり方をします。自分だけが目覚めてもだめだ、と考えるのではなく、霊的な世界はつながっていますので、他の魂の進化につなげることができるのです。自分が目覚めることで、皆の魂の目覚めを呼び覚ますことができるのです。

(第2部)
今回は唱歌「たき火」を皆様で合唱いたしました。

(第3部)ひふみともこ先生のお話

皇后陛下が10月20日、84歳のお誕生日を迎えられました。その際に宮内記者会からの質問にお答えになられました内容をご紹介いただきました。
(全文は宮内庁のホームページをご参照ください。)
http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/21

すみずみまでこまやかなお気持ちが綴られていると感じました。
お疲れを癒されて、新しい御所で天皇陛下とお過ごしいただけますよう、願っております。

2018年11月29日 (木)

大阪11月の会でのひふみともこ先生のお話(続き)

神様が願われているのは、人が豊かに暮らして、自然に感謝しながら生きていく事です。神様はいつも人とともにあります。人とともにあり、一緒に喜び、一緒に悲しんでくれる存在です。お祭りの後の直会も神様と人が一緒にお供え物をいただくというところに意義があります。

西洋の宗教では絶対神という考えのものもあり、自然を制覇するいう考え方もあるようですが、日本の神様は自然とともにあり、実際、人々は色々なものに神が宿っていると考えてきました。箸や針にも魂が宿る、使えなくなってもそれを捨てるのではなく、供養する。それが日本人に伝えられてきている考えです。
日本では昔から「もったいない」という気持ち、言葉があるのですが、英語にはありません.
英語で表すと、次の4つのRで始まる単語が意味が近いようです。

Reduce
Reuse
Recycle
Respect

これらすべての意味が「もったいない」に込められています。最後のRespectには尊ぶ、敬う、いつくしむというような意味が入っています。日本の科学、医学をはじめとする学問の中にこのような「もったいない」という考え方が含まれています。これは日本特有のものではないでしょうか。初めにノーベル賞の話をしましたが、世界的な賞だからと言って、敢えてもらいに行く必要はないと思います。
江戸時代の数学にしても関孝和という有名な学者がいましたが、その人だけではなく、一般の人々の間でもとても高いレベルで数学がクイズのように行われていたようです。神社に問題を貼って、それを読んだ別の人がその回答をその上に貼る、というようなことが行われていたようです。
江戸時代は鎖国時代と呼ばれていて、その間にずいぶんと西洋に遅れたという見方が一般的ですが、実はその間に日本人としての感性が磨かれました。武士と庶民も皆、平和に仲良くやっていたため、庶民文化が盛んになりました。歌舞伎とか文楽とか、これほど庶民が楽しむ文化というのは欧米にはなかったのではないでしょうか。
それ以外にも鍋や釜には鋳掛屋さん、着物にはかけはぎ屋さん、仕立て直し屋さんなどがいてものを最後まで使い切る、机などでも使えなくなると、最後は薪にして燃やす、燃やしたその灰まで利用する。これはそこに魂があるという事を心の底で知っているからだと思います。エコロジーという言葉が最近のようですが、日本は昔からやっていた事なのです。

ウナギ塚とかなんとか塚とかがあるように、ものをいただくというのも、命をささげてくれたものに感謝することを理解していました。
前回もお話しましたが、「いただきます」「ごちそうさま」には神様、自然、食べ物に感謝するという心が込められています。本居宣長の短歌
たなつもの 百(もも)の木草(きぐさ)も 天照(あまてら)す 日の大神の 恵(めぐみ)えてこそ(=いただきます)
朝宵(あさよい)に もの食うごとに 豊受(とよう)けの 神の恵みを 思え世の人(=ごちそうさま)
がこの思いが良く表していると思います。

2018年11月26日 (月)

大阪11月の会でのひふみともこ先生のお話

皆様

本日より、数回に分けて11月18日に大阪 難波神社様で開催されましたひふみのつどいでの、ひふみともこ先生のお話の要約を掲載させていただきます。
前回から「いろは祝詞、ひふみ祝詞」「君が代」だけではなく、「大祓詞」「三大神勅」も皆様とともに奏上をさせていただきました。全部合わせると約20分となり、かなりの呼吸力を必要としました・・・・・

<ひふみ先生のお話はここから>


(第1部) 地球の遅れの原因について

先月、本庶佑さんが日本人としてノーベル医学生理学賞を受賞されました。長年の努力が評価されたということは、たいへんにおめでたいことです。これまでもたくさんの方々がノーベル賞を受賞していらっしゃいますが、その根底には共通した日本人の感性というものが、あるような気がします。これからも日本の、日本語の美しさを大切にしたいと思いを新たにしました。

この世の中には、科学では説明がしきれない事柄が数多く存在します。
人の遺伝子の中には、宇宙が誕生して、地球ができて、そこから以降のすべての出来事が「地球の進化」として刻まれており、そこには神様のご意図が込められていると村上和雄先生もおっしゃっています。
400万年前に最初の人(猿人)ができたと言われていますが、人間の70%は水だと言われています。その中に含まれている水素という原子は宇宙ができた時から人間の中に受け継がれている。そういう意味では137億歳が人間の年齢だと言ってもいいでしょう。
37億年の生命体の進化が、お母さんのおなかにいるときから、形を変え、時を超えて人間の遺伝子の中に埋め込まれています。
神様の分け御霊、これはいただいているというよりも、お預かりしているといった方が正しいのですがこれはずっと人間が受け継いできているものです。よく「大和魂」と言いますが、これも日本人の心の中に脈々とつながっている魂のつながりであるといえます。この中に過去何千年にわたる神様の願いが込められています。

それにもかかわらず、自分の願望、欲望という物質的なものに目を奪われて、自分の進むべき方向を見失っている、そのために地球の進歩が遅れているということです。宇宙カレンダーというのがあって、宇宙ができた時を1月1日とすると、現在の人間(ホモ・サピエンス)が出てくるのは12月31日の23時58分となります。この遅れというのは数年という単位ではなく、地球ができてから数えると何億年という単位となります。

人間は神様の慈愛を受け、神様の光を受け、愛され、期待されている存在です。お預かりしている分け御霊は神様の魂です。例えば、宝物とかダイヤモンドモンドの指輪を分け御霊だとすると、私たちの体はそれを入れる箱のようなものです。その箱がいくらダイヤモンドモンドは自分の物だと言いはったとしても、それは違います。自分の中にある分け御霊を磨き清めて、いつかお返ししなければなりません。それを自分の物だと思い違えて、自由勝手に使うという事も許されないのです。人間の所有物というものありません。例えば食べるために米を作るといっても、それは自分が生み出したのではなく、稲穂をいただいてきて、それを成長させているのです。食べ物にしても、水にしてもそれは天からいただいたものなのです。
人間にとってはつらい自然災害という出来事も、地球の健康にとっては必要なものなのです。地球の健康、宇宙の健康に必要なものですし、自然から恵みもたくさんいただいています。それを物質的で低次元なものにこだわり、欲望とか執着とかを生み出し、それが壊されたからと言って悲しむだけでは進歩はありません。そこから学び、神様のご意図をくみとることが進化となります。

(続きます)

2018年9月22日 (土)

大阪9月の会でのひふみともこ先生のお話(続き)

皆様

前回に引き続き、9月8日の大阪 ひふみのつどいでのひふみともこ先生のお話の要約を掲載いたします。


ひと、一人一人の名前に神様からの願いが込められています。この名前を大事にしなければなりません。人の名前は偶然つけられるものではありません。必要があるからその名前になっているのです。
自分の名前を姓名判断で改名することは無駄だと神様はおっしゃっています。もとからつけられた名前が最良のものなのです。
姓名判断で自分で名前を変えるのは、それは現世利益を追い求めていることになります。自分の名前をいやだと思う事が、既に邪心に囚われているのです。親の願いだけではなく、神様の想いに考えをはせなければなりません。
その人の役割が名前に込められています。漢字はこの漢字じゃなければよかったのにとか、読み方がもっと分かりやすければ、と考える方は多いかもしれません。しかし、その名前には親の願いだけではなく、神様の願いが込められています。神様からみると一人一人が大事で、皆を愛してくださっています。その神様の愛に、願いに応えていく事が人の使命です。名の無い動物でも一匹一匹が、神様のご意図に沿うように一生懸命生きています。台風の風にも負けず、たとえ根元から折れたとしても、それは役割を全うして折れたのだと理解していくべきなのです。

皆、自分の名前を辱めないように、ふさわしい生き方をしなければなりません。人の使命を表すものがその人の名前で、それは神様が与えて下さったものです。その名前を全うすることが人の使命で、勝手に変えるべきものではありません。
名前をいただいたという事は使命をいただいたという事です。その名前で一生懸命に生きて、使命を全うしなければならないのです。名前を捨てるという事は使命を投げ出すという事で、それは神様の願いに反することなのです。
名前に感謝することは自分に感謝すること。
自分に感謝することは神様に感謝すること。
名前に込められたご意図を素直に受け入れて、生きてゆくことで、また神様は色々とお助け下さるのです。

(第2部) 日本の歌
今回は「夕焼け小焼け」を皆様で合唱いたしました。

(第3部) ひふみとも先生より書籍のご紹介
元春日大社宮司 葉室 頼昭 様著 「大祓 知恵のことば」

本日、初めに奏上しました「大祓詞」の解説をされたご本です。人間は約40億年かかって原始生命から成長してきました。他の生命体に比べ、人間だけはこの数万年で劇的に進化しています。例えば、チンパンジーはこの1万年でほとんど変わっていないということなのですが、その原因は人間は言葉を覚え「なんでも理屈で考える」ことができるようになったからなのです。鳥は羽根をもって飛んでいますが、羽根を持たない人間は言葉によって知識を共有し、飛行機を作りました。その結果、人間そのものの生活の速度は、チンパンジーよりはるかに速くなりました。
しかし、何故神様は人間を創り、言葉を与えたのでしょうか。それは言葉で神様の想いを伝え、神様の世界のような素晴らしい世界を体現するためです。人間には他の生命とは異なる、神の願いが込められており、神の願いを託された存在なのです。
祝詞の奏上の仕方ですが、一音、一音ゆっくりと、ニコニコ笑うような感謝の心で奏上しましょう。きっと、神様のお恵みをいただくことの喜びを感じられるでしょう。
真剣に、しかししかめ面をしてとなえると良い、というものではありません。
昔に比べると今の人たちは体が弱くなっていると言われています。これは免疫システムが弱くなっていると言えるでしょう。それは人が理屈でばっかり考えている事にも一因があります。「大祓詞」は神様が発せられた言葉そのままだということです。その文字や意味ではなく、あるがままを読む、神様がおっしゃったとおりに読むということが大切です。

2018年9月20日 (木)

大阪9月の会でのひふみともこ先生のお話(続き)

皆様

前回に引き続き、9月8日の大阪 ひふみのつどいでのひふみともこ先生のお話の要約を掲載いたします。


(第1部) 人間の名前について

神様はいつも人には使命がある、役割がある、とおっしゃっています。しかし、いくら役割が決まっていても、それはその人の心の持ち方、生き方で変わってくるものです。しっかりと努力し、怠けてはいけません。
名前は生まれた時に親につけてもらうものなのですが、それには神様と約束した使命、言い換えれば神様の願いが込められています。その使命を成就するために、神様はその人の人生で、いろいろな環境や出会いを仕組んでくださっています。
私たちは自分で立てた願いや目標を成就させたいと思い、それがうまく行かないとなぜ神様は守ってくれないのか、むしろ邪魔をされているなどと思う事があります。しかし、それは本来の目標を達成させるために、神様との魂の約束として、必要な経験なのです。いくら望んだとしても、その人に必要でない望みはかなう事はありません。それは人間にはとても分かりにくい事なのです。台風や地震などの天災についても、神様はなんてひどいことをするんだ、という人もいますが、それは長い目で見れば人間に必要な試練なのです。人が自分の役割を、自分の周りに起こる出来事の中に見出し、神様との約束を思い出し、それに向かって進んで行くことが必要です。
私も人間なので、何故?と思う事はいっぱいあります。しかし、その経験のどこかに、必ず、神様のご意図が表れているのです。

徳を積む、という表現がありますが、陰徳を積む、報われるとか報われないではなくひっそりと人の役に立つことを行う、という事です。
最近、感動したのは山口県の藤本理稀ちゃんという2歳のお子さんが行方不明になって、ボランティアの尾畠春夫さんが3日目に見つけられた、というお話がありました。
尾畠さんは、65歳からこれからは人のために尽くすと言って、ボランティアを始められたとのことです。何百人という人が探しても見つからなかったのに、探し出して20分で理稀ちゃんを見つけた、これは本当に奇跡的な出来事です。これは神様が尾畠さんに見つけさせるべく、理稀ちゃんは尾畠さんに見つけられるべく、そういうお仕組みだったのではないかと考えます。このニュースに日本中が本当に良かったと思い、尾畠さんのお姿にすがすがしい気分になったのではないでしょうか。
いろいろなボランティアに参加され、そのあくまで縁の下の力持ちという精神を貫いておられたのはもちろんですが、今回の行動で何度も同じようなインタビューをされたにもかかわらず、どんなインタビューにも丁寧に答えておられたのが印象的でした。インタビュアーにはその役割があり、その人の仕事がきちんとできるように同じ質問が何度来ても同じように丁寧に答える、という事をおっしゃっておられました。

私には尾畠さんのような事はできませんが、真の日本人の心をお持ちになっていると感動しました。これまでのひとつひとつの経験の積み重ねが今の日本人を作ってきています。日本人の精神が失われた、などとよく言われますが、その精神は今も続いています。世界を驚かせたサッカーのワールドカップでも、ゲーム終了後のごみ掃除とか、新幹線で降りる人も食事のごみなどは自分で持って降りていきます。これらは世界の人が称賛する非常に分かりやすい、すばらしい点ではないでしょうか。

大リーグの大谷選手も、とてもマナーがいい、礼儀正しいということで非常に評判が良いらしいです。普通、選手はヒマワリの種を食べてはベンチの床に吐き出すのですが、しかし大谷選手は飲み物の空きコップにいれているそうです。これがマナーがいい、すばらしい、と評価されています。日本で自然にやっていることが、米国で評価されている、これが日本人の魂の高さであると思います。
このように、日本人は良い影響を周りに与えていくことができます。一人一人の行動は小さいものでも、その集まりが大きな力となります。
これが日本人が本来持っている力だと思いますし、初めに申し上げましたように、人が魂の奥に持っている神様との約束を思い出し、これを目覚めさせるのが、大祓のことばであるとも言えます。

2018年9月17日 (月)

大阪9月の会でのひふみともこ先生のお話

皆様

少し前になってしまいますが、9月8日(日)に大阪 難波神社様での「ひふみのつどい」を無事に終了させていただくことができました。台風の直後にもかかわらず、13名の方々にご参加いただく事が出きました。本当にありがとうございました。

今回から、進め方と内容を若干変えさせていただきました。
そのため、司会進行がグダグダで申し訳ありませんでした・・・・・・次回にはもう少しうまく進行できるように修行いたします。

それでは、今回のひふみともこ先生のお話の要約を掲載いたします。


<ひふみともこ先生のお話>

ほんの数日前ですが、台風21号が日本に上陸し、大阪にも大きな被害をもたらしました。被害に会われた方々に心よりお見舞い申し上げます。
台風21号の時は私は京都にいたのですが、風というものがこれほど怖いものだとは思いもよりませんでした。私が滞在していた場所の近所でも高さ30mくらいの大木が半分くらいのところからぽっきりと折れていたり、他の木は根こそぎ倒れたりしていました。
東日本大震災、熊本の大地震はまだ記憶に新しいのですが、この数ヶ月前にも大阪でも大きな地震がありましたし、続いての西日本豪雨、台風21号、一昨日の北海道の地震とこの短い間に天災が続くのは何か神様のメッセージなのではないかと感じました。

そのため、本日はいつもと少し内容を変えて、「大祓のことば(詞)」を最初に奏上しました。「大祓詞」にはその場を浄めるのだけではなく、人々の罪、穢れを祓い、神様の言葉をいただくことで、その「言霊」に包まれるもの、気の枯れているものを回復させるという効果があるそうです。「祝詞」の文字を目で追うだけではなく、文字として意味で理解しようとするのではなく、ゆっくりと声に出すことで神様の想いに思いをめぐらせる、ということが大切です。私たちが心に持っているものをエネルギーに変え、いいエネルギーに循環させるのが「大祓詞」なのです。
地球上に生命が発生してから、38億年が経つと言われています。この38億年という時間が、人類が今のような免疫力を持つに必要な時間であったとも言われています。病気が流行ったその瞬間は困るものだ、嫌なものだと思いますが、それは長い目で見れば人間に必要なもので、いい方向で進んでいくためのお仕組みなのだ、と前向きに考えるべきでしょう。言霊は病気の免疫力を向上させるのにも有効であるとも言われています。
神様のエネルギーを感じながら、やまとの国の言葉の力を感じながら奏上してください。

2018年6月10日 (日)

平成30年5月20日 大阪ひふみのつどいの要約(続き)

平成30年5月20日 大阪ひふみのつどいの要約(続き)

神様は人が道を誤っても、本当に改心すれば、これまでの罪も穢れも消し去ってくださいます。そして神様はこれまで何万年も人の目覚めを待っておられます。しかし人は神様を否定し続け、背を向けてきました。それが魂の扉を閉ざしてきたという事です。

進化というものは人それぞれにばらばらに起こるのではなく、目覚めるときは一斉に目覚めると神様は言われています。ただし、これは神様から見た一瞬であって、人間の尺度では数年とか数十年の単位となるのかもしれません。
私はこれを考えた時に、腸内細菌で「善玉菌」「悪玉菌」ということを思い起こしました。腸内細菌には「善玉菌」「悪玉菌」以外に「日和見菌」というのがいるようでうす。それと同じように人間も一定以上の人が目覚めれば、後は一斉に同じ方向を向くのではないでしょうか。
人の目覚めが一定以上、その一定という範囲もどのくらいか分からないのですが、その人たちが変わればその意識が次の人に伝わっていくという事なのです。意識のネットワーク、心のつながりで人類の目覚めがおこるのです。

人間というものには分からない事の方がはるかに多いのです。意識の集合を超えた時に人間がどのように変わるのかは、肉体としか考えられない今の段階では、決して分かりません。これから何年、何百年かかるかは分かりませんが、いずれそのような学問が生まれ、一斉に疑問が解けるときが来るのではないかと思います。

人間はまだまだ分からない事ばかりであるという事を敬虔に感じ取り、神様に祈りをささげることで素直になり、それが自分の浄化につながります。そして魂の穢れを少しずつ禊いていきます。
神社に行くと心が洗われる、という体験は皆さんも持たれていると思います。聖域、今ではパワースポットと言われたりしていますが、それは魂が喜んでいるという事なのです。古代の人は今よりももっともっと霊性が豊かで、そのような力を敏感に感じていたのでしょう。そこでその場所に神社を作るとか、大きな木をご神木としてあがめるという事をしたのではないでしょうか。今の人間はそれと比べると素直ではなく、それが人の遅れの原因となっているのです。

人間は霊長類と言われていますが、これは神様の「分け御霊」を受け継いでいるものという意味です。それが物質次元にとどまっているために、その物質の限界で自らを縛っているのです。今の人間は本当の霊長類とはほど遠く、物質的な学問は十分ですが、魂のレベルは未だ低い次元にあるのです。神様からの「分け御霊」に恥じることの無いように魂を昇華させねばなりません。進化には限界も、終わりもありません。どこまでも進化を続けていくのが人間の役目なのです。

【第2部】5月の歌斉唱

5月の歌は「茶摘み」を皆様で合唱いたしました。

(今回は短縮の会となりましたので、第3部はありませんでした。)

2018年6月 4日 (月)

大阪5月の会のひふみともこ先生のお話(続き)

平成30年5月20日 大阪ひふみのつどいの要約(続き)

人々の集合意識には強い、弱いはありますが、怒りや恐怖という意識は一人が感じるとそれが周りに伝わって行くというのはよくあります。東日本大震災の時には現地の人だけでなく、その光景を見た世界中の人が何とかしてあげたいと思いました。震災の後、多くの人の魂が傷ついていました。その痛みはみんなの魂が繋がっているという事を意識せざるを得ませんでした。
隣の人が苦しんでいると何かしてあげたくなる、そう思うのは神様の心を分け与えられているからです。人間が、他の動物と異なるのは人の痛みがわかる、というところが最も大きな違いで、それは人間としてとても大事なことです。無関心でいるのでではなく、とにかく力になってあげたい、何とかしてあげたい、というのは人として大事な資質です。そう思う人は、神様の愛を光として受けているのです。現世だけの物質的な繁栄、権威、権力だけに気を取られるという事は、動物のようなものだと言えましょう。私達は動物を「ケダモノ」と呼びますが、その動物でさえ必要のないものは殺しませんし、食べません。
現在の人間を見ている限り、動植物の方が分をわきまえていると言えるのかもしれません。
面白がるために他人をいじめたり、ある時には人間というものは、動物以下の事を平気で行います。だからこそ、人間は自分の魂、「分け御霊」を磨いていかなければなりません。そうしなければ人間は物質欲にまみれてしまうものなのです。

「分け御霊」はいただいているというよりも、預けていただいているといった方がいいと思いますが、その「分け御霊」を汚さないように行う事が人本来の行いです。
私たちは草花を見てきれいだと感動したり、広い大空や海原を見て心が広々とする、こういう経験は私たちが自然と呼応していることです。それは私たち自身も自然から作られているからです。プラスチックからは人間は作れません。みんな自然の物を食べて自然の中で暮らしています。そして、それはもっと大きな自然の中に入った時に、それを感じるのです。

今、電車に乗るとみんなスマホを触っています。暇があったらスマホをいじる、というのは本当に魂が喜んでいるのではなく、あえいでいるのではないかと感じます。それよりも
自然の中に出た方がずっと心が洗われるものでしょう。魂を育てるという意味では本当によくないと思います。
人工的なものに囲まれていると、せっかくこの世に生まれてきたのに、権力とか物質的な生き方から逃げられなくなります。欲を持つことが悪いとは言いませんが、金儲けだけを考えると心がむしばまれてきます。その結果、迷い、憎しみ、妬み、つまらない幻想や迷妄、絶望に自分から陥っていくのです。
太古の神様との結びを魂の中で思い出す、そこに立ち戻ることが真の進化となります。魂の進化から見れば現在は過ちの道を歩んでいます。このところ発生する色々な事件についても悪質なものになってきます。
振り込め詐欺をはじめ、私も先日、携帯電話を替えたのですが、それからよく危機感をあおるようなメールが来たりして、ちょっと怖い思いもしたりしました。
そのような詐欺に騙される人も多いのですが、それを利用して儲けようというあさましい心を持った人間が多いのは本当に情けないことだと思います。そのような行動をする人は魂が荒んでいるでしょうし、最終的には再度この世で厳しい修業を課されることになります。

2018年5月31日 (木)

大阪5月の会のひふみともこ先生のお話

平成30年5月20日 大阪ひふみのつどいの要約

先日、出雲大神宮の東京支部の皆様と秩父神社と三峯神社へお参りに行ってきました。
標高1,100メートル山の上に、このように大きく、荘厳な神社が建てられていることに感動しました。日本には8万を超える寺社仏閣があるということですが、その数よりも交通が不便なところにも多くの人々が来訪されているということは驚きです。
神職の方が30名以上お勤めになられている大きな神社なのですが、そのすぐ近くに温泉が出たという事で、そこにも90名くらい働かれているとの事でした。秩父宮様のお名前は秩父神社に由来しているそうで、神社には昭和天皇の弟宮の秩父宮雍仁親王も合祀されています。また、毎年12月に行われる「秩父夜祭」は国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界無形文化遺産に登録されました。
私も東京出身ですが、こんな近くにすばらしい神社があったという事をご報告させていただきます。

【第1部】 謙虚さと自信について

この質問をさせていただいた当時は、世界中でテロが横行し、日本人が巻き込まれたりしていました。グローバル化と言われ、その中で日本が巻き込まれる事件が発生し、とても心配に思った時期でした。人間は本当に進化していくのかどうか、真の進歩の意味が見失われているのではないかという危惧を感じていました。70年前には大東亜戦争が終わり、世界の平和を願ったはずなのに、進歩するどころか、むしろ逆行しているのではないか、と心配になり神様にお伺いしたというのが背景です。

人間世界で多くの争いが起こっていますが、それは神様との結びつきを忘れたからだ、ということが最初の2行に書いてあります。グローバル化という言葉を使って、やみくもに争いの範囲を広げていく、そして神様との結びつきを忘れている、と書かれています。
生命の始まりは何億年も昔のことで、原始的な生命体ができたのが38億年前だと言われていますが、人間はその最後に生まれてきた存在です。ホモサピエンスとして生まれてきたのは700万年前くらい前だと言われています。
神様は最後に人間を作った時に、神様の心を分けて下さいました。全ての祖先はつながっており、それからずっとリレーのバトンを渡すように受け渡されてきたのが「分け御霊」です。人間は物質的な現世の状態だけ見て、差別や区別を作り出しています。しかし、神様はどんな魂も同じように愛されているのです。
魂のレベルではすべての人が繋がっています。物質的な面からみると繋がっていないように見えますが、例えばコンピュータでも目に見えないネットワークでつながっているように、見えないところでつながっているのです。

2018年4月10日 (火)

大阪3月の会のひふみともこ先生のお話(続き)

皆様

約3年ぶりに出雲大社様へお参りさせていただくことができました。
Izumo1

今回は、前回荒天のために断念した「稲佐の浜」へ行き、お砂をもらって来ることができました。
Izumo2

めでたし、めでたしのはずでしたが何と、その出雲で地震に会ってしまいました。
最大深度が5強という、個人的には阪神淡路大震災以上の揺れでした。ホテルの7階でテレビを見ながら、大きな余震が来てもいいように、服を着替えてそのまま寝ていました。
お怪我をされた方はおられたようですが、幸い死者も出ず、大きな被害もなかったようです。
この出来事から何を学べばいいのでしょうか・・・・・・

さて、先日の大阪でのひふみともこ先生のお話の最終回となります。

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本当の自信、揺るがない自信というものは決して失われるものではありません。

繰り返しになりますが、人の尺度ではなく、神様の尺度で考えるように努力すれば、神様に近づく事ができ、神様のご意図を知ることになります。全てのもとはひとつです。その進化を歴史として背負って生きている私たちには、それを理解することができます。私たちはそのようにして進化してきました。例えそういった視点を忘れたことがあっても、何か、誰かを見ることで思う出すことができます。羽生選手もいきなり生まれてきたのではなく、これまでの進化の中で、私たちが真の御霊を思い起こすための凝縮した存在なのかもしれません。
日本には世界に誇れるものが色々ありますが、このところ漫画やアニメも有名になってきています。ただ、あの手塚治虫さんもいきなり出てきたのではなく、昔々の鳥獣戯画に起源がある歴史が凝縮した存在なのかもしれません。それは歴史の中で生まれるべくして生まれてきたものです。手塚治虫さんが静かな部屋の中を表現するために「しーん」という擬音を開発されましたが、これは突然出てきたものではなく、「森(しん)として」とう言葉があったからこそ生まれてきたものです。
私は大学で日本語を教えていますが、学生に好きな俳句をあげるようにいいますと松尾芭蕉が特に人気があります。「古池やかわず飛び込む池の音」「静かさや岩にしみいる蝉の声」などがあがりますが、読んだ言葉を情景として共有できることは素晴らしい文化だと思います。
素戔嗚尊が読まれた「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を」が日本最古の歌だと言われていますが、それが現代にも伝わっており、しかもみんなが理解できるということは、日本人の根源が魂の中に生き続けているという素晴らしいことなのです。
これらの日本人の歴史、文化を受け継いで今の私たちが存在していることを忘れてはいけません。

目に見えない、しかし一つの共通の原点が私たちの中には宿っています。それが今後も何百年も受け継がれていくように私たちは日本の魂を伝えていかなければなりません。


【第2部】3月の歌斉唱

3月の歌は「うれしいひなまつり」を皆様で合唱いたしました。

【第3部】ひふみともこ先生からのお話

□奈良の聖林寺というところで狂言の奉納がされます。
3月25日(日)の14時からなのですが、以前ご紹介した「大仏くらべ」という狂言です。お時間のある方はぜひご覧ください。

□ご本の紹介「日本人として知っておきたい皇室の祈り」伊勢雅臣著
国際派日本人養成講座というブログを書かれている方で、ひふみ先生の大学でも講師をされておられます。

□新しい歴史教科書(新しい歴史教科書を作る会)
自虐史感から脱するべく、作られた教科書で国の審査も通っており、採択する学校も出てきています。正しい歴史を次世代に伝えるためにも、ぜひ一度お読みください。

□東京ひふみのつどい
去年から2回ほど靖国神社で会館をお借りして、ひふみのつどいを開催させていただいています。最初に正式参拝をして、その後お話をさせていただいています。靖国会館は格式もあり、非常に敷居が高くて近寄りがたいと思っていたのですが、開催させていただきますと本当に良かったなと思いました。
戦争のことを理解しつつ、ただ、嫌がるだけではなく、戦争を起こさないように考えていかなければならない、という思いを新たにしました。日本が戦後70年も戦争がないのは、単に戦争放棄を憲法でうたっているからだけではなく、日本人の意識としてその思いが伝わっているのだと感じました。戦争のことも忘れず、正しく理解していく必要があります。
東京の次回は7月7日の開催予定です。


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