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2018年6月

2018年6月18日 (月)

大阪で震度6弱

皆様

本日の大阪は朝から揺れました。
多くの地域で停電や断水がおこり、9歳の女の子を含む3名の方が亡くなられました。
会社でも数多くの人が出社できないため、非常事態であるはずなのですが、ひっそりとした一日でした。
長男は2時間かけて徒歩で出社していました。

16日は千葉県沖で、昨日は群馬県で、今日は大阪で震度6弱の地震が相次いておこっています。
今月になって、千葉県の東方沖では「スロースリップ」と呼ばれる現象が観測されているということで、小規模な地震は数多く発生していたのですが、まさか、自分の身に降りかかってくるくるとは思いませんでした。
個人的にはこの4月に島根県でも震度5強の地震にあっており、この普通でない頻度には、きっと何か学ばねばならない事があるのでしょう。

ひふみともこ先生のご本の中に「地震」について書かれた部分はいくつかあるのですが、「平成17年(2005年)3月29日 九州の地震について」の中に次のようなお言葉がありました。


地震も津波も 災害全ては、地球の危機と警告なり。
人の傲慢、勝手の都合、とどまることなき、飽くなき欲望。
足ること知らず、持つこと気付かず。ただ深めるのみの 不平不満よ。
他への不服にあふれしことばを、
満たさることなき 飢えし思いを、
内にこもりて 凍(い)てつきぬる 孤独の心を 解き放たん。
人類始めの 原初のときより、人は己の我(が)と闘い、我(が)に打ち破れ、朽(く)ち果てぬるを。
太古の頃より 変わらぬ人類。進歩も進化も 微塵(みじん)もなかるを。
なれども今日(きょう)こそ、新たに変わらん。新たに目覚め、甦らん。
孤独の思いを 終わらせよ。
個々に分かたれ、断たれし絆を、ほどけし縁を、つなぎ合わせよ。
散らばり離れる 無数の御霊(みたま)を、見えぬ糸にて 結び合わせよ。


それぞれの地震の被害者が、それぞれ単体の災害としてとらえるのではなく、この根底にある神様のご意図を読み取れとおっしゃっているのでしょうか・・・・・・
これ以上の余震と被害が無いことを祈らずにはいられません。

2018年6月10日 (日)

平成30年5月20日 大阪ひふみのつどいの要約(続き)

平成30年5月20日 大阪ひふみのつどいの要約(続き)

神様は人が道を誤っても、本当に改心すれば、これまでの罪も穢れも消し去ってくださいます。そして神様はこれまで何万年も人の目覚めを待っておられます。しかし人は神様を否定し続け、背を向けてきました。それが魂の扉を閉ざしてきたという事です。

進化というものは人それぞれにばらばらに起こるのではなく、目覚めるときは一斉に目覚めると神様は言われています。ただし、これは神様から見た一瞬であって、人間の尺度では数年とか数十年の単位となるのかもしれません。
私はこれを考えた時に、腸内細菌で「善玉菌」「悪玉菌」ということを思い起こしました。腸内細菌には「善玉菌」「悪玉菌」以外に「日和見菌」というのがいるようでうす。それと同じように人間も一定以上の人が目覚めれば、後は一斉に同じ方向を向くのではないでしょうか。
人の目覚めが一定以上、その一定という範囲もどのくらいか分からないのですが、その人たちが変わればその意識が次の人に伝わっていくという事なのです。意識のネットワーク、心のつながりで人類の目覚めがおこるのです。

人間というものには分からない事の方がはるかに多いのです。意識の集合を超えた時に人間がどのように変わるのかは、肉体としか考えられない今の段階では、決して分かりません。これから何年、何百年かかるかは分かりませんが、いずれそのような学問が生まれ、一斉に疑問が解けるときが来るのではないかと思います。

人間はまだまだ分からない事ばかりであるという事を敬虔に感じ取り、神様に祈りをささげることで素直になり、それが自分の浄化につながります。そして魂の穢れを少しずつ禊いていきます。
神社に行くと心が洗われる、という体験は皆さんも持たれていると思います。聖域、今ではパワースポットと言われたりしていますが、それは魂が喜んでいるという事なのです。古代の人は今よりももっともっと霊性が豊かで、そのような力を敏感に感じていたのでしょう。そこでその場所に神社を作るとか、大きな木をご神木としてあがめるという事をしたのではないでしょうか。今の人間はそれと比べると素直ではなく、それが人の遅れの原因となっているのです。

人間は霊長類と言われていますが、これは神様の「分け御霊」を受け継いでいるものという意味です。それが物質次元にとどまっているために、その物質の限界で自らを縛っているのです。今の人間は本当の霊長類とはほど遠く、物質的な学問は十分ですが、魂のレベルは未だ低い次元にあるのです。神様からの「分け御霊」に恥じることの無いように魂を昇華させねばなりません。進化には限界も、終わりもありません。どこまでも進化を続けていくのが人間の役目なのです。

【第2部】5月の歌斉唱

5月の歌は「茶摘み」を皆様で合唱いたしました。

(今回は短縮の会となりましたので、第3部はありませんでした。)

2018年6月 4日 (月)

大阪5月の会のひふみともこ先生のお話(続き)

平成30年5月20日 大阪ひふみのつどいの要約(続き)

人々の集合意識には強い、弱いはありますが、怒りや恐怖という意識は一人が感じるとそれが周りに伝わって行くというのはよくあります。東日本大震災の時には現地の人だけでなく、その光景を見た世界中の人が何とかしてあげたいと思いました。震災の後、多くの人の魂が傷ついていました。その痛みはみんなの魂が繋がっているという事を意識せざるを得ませんでした。
隣の人が苦しんでいると何かしてあげたくなる、そう思うのは神様の心を分け与えられているからです。人間が、他の動物と異なるのは人の痛みがわかる、というところが最も大きな違いで、それは人間としてとても大事なことです。無関心でいるのでではなく、とにかく力になってあげたい、何とかしてあげたい、というのは人として大事な資質です。そう思う人は、神様の愛を光として受けているのです。現世だけの物質的な繁栄、権威、権力だけに気を取られるという事は、動物のようなものだと言えましょう。私達は動物を「ケダモノ」と呼びますが、その動物でさえ必要のないものは殺しませんし、食べません。
現在の人間を見ている限り、動植物の方が分をわきまえていると言えるのかもしれません。
面白がるために他人をいじめたり、ある時には人間というものは、動物以下の事を平気で行います。だからこそ、人間は自分の魂、「分け御霊」を磨いていかなければなりません。そうしなければ人間は物質欲にまみれてしまうものなのです。

「分け御霊」はいただいているというよりも、預けていただいているといった方がいいと思いますが、その「分け御霊」を汚さないように行う事が人本来の行いです。
私たちは草花を見てきれいだと感動したり、広い大空や海原を見て心が広々とする、こういう経験は私たちが自然と呼応していることです。それは私たち自身も自然から作られているからです。プラスチックからは人間は作れません。みんな自然の物を食べて自然の中で暮らしています。そして、それはもっと大きな自然の中に入った時に、それを感じるのです。

今、電車に乗るとみんなスマホを触っています。暇があったらスマホをいじる、というのは本当に魂が喜んでいるのではなく、あえいでいるのではないかと感じます。それよりも
自然の中に出た方がずっと心が洗われるものでしょう。魂を育てるという意味では本当によくないと思います。
人工的なものに囲まれていると、せっかくこの世に生まれてきたのに、権力とか物質的な生き方から逃げられなくなります。欲を持つことが悪いとは言いませんが、金儲けだけを考えると心がむしばまれてきます。その結果、迷い、憎しみ、妬み、つまらない幻想や迷妄、絶望に自分から陥っていくのです。
太古の神様との結びを魂の中で思い出す、そこに立ち戻ることが真の進化となります。魂の進化から見れば現在は過ちの道を歩んでいます。このところ発生する色々な事件についても悪質なものになってきます。
振り込め詐欺をはじめ、私も先日、携帯電話を替えたのですが、それからよく危機感をあおるようなメールが来たりして、ちょっと怖い思いもしたりしました。
そのような詐欺に騙される人も多いのですが、それを利用して儲けようというあさましい心を持った人間が多いのは本当に情けないことだと思います。そのような行動をする人は魂が荒んでいるでしょうし、最終的には再度この世で厳しい修業を課されることになります。

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