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2018年4月 6日 (金)

大阪3月の会のひふみともこ先生のお話(続き)

皆様

本日の大阪は久しぶりの雨となりました。私の家の近所の小学校では、入学式が行われており、多くの初々しい子供たちがご家族の方と一緒に、若干不安げに歩いていました。桜は散ってしまいましたが、午前中曇天ながらもかろうじて雨は降らなかったので良かったですね。

明日は久しぶりに出雲大社様にお参りさせていただく予定です。お伺いさせていただく機会がなかなかなかったのですが、明日の出雲地方の気温は最高9度ということで、3月並みの気温だそうです。
その他の地方もかなり寒くなるようですので、お風邪などお召しになりませんように。

それでは、引き続き大阪3月の会のひふみともこ先生のお話の要約を掲載いたします。

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大阪3月の会のひふみともこ先生のお話(続き)

自分の努力ももちろん大切ですが、それが報われるときには周りの人からいただいた力も大きいことでしょう。生かされているという意味を理解していない人は、人への感謝がなくなり、それがまた周りの人から嫌われる原因となるという悪循環になっています。自分がどのように支えられているのか、守られているのか、自分はどのように人を支えていくのか、守って行くのか。短い一生のなかで、自分の使命はなにか、人の魂の成長に役立つように生きるにはどうしたらいいのかを考えねばなりません。
自分なんか人の魂の成長に役に立つことはない、と考える人もいますが、そんなことはありません。誰かひとりだけでも喜ばせた、という事で十分に人の生きてきた意味はあると思います。

謙虚の心、感謝の心は自分自身そのものです。神様への感謝、自然への感謝、家族への感謝があれば、そこに謙虚さとか自信が生まれます。神様への感謝がなければ、謙虚さも自信もありません。不平不満を持つ人は、勝手に人と人とを比べているにすぎません。本当の自信はそういう事があっても崩れるものではありません。人と比べて自信があるというのは、傲慢であり、自信ではありません。能力、体力、財力、そういうものは、年を取るごとに、いつしか体力、知力の衰えに伴い失われます。
それに固執するのは、我欲に追われる悲しい惨めな人生です。常にそれらを失うまいとして生きるだけの人生となります。相手を陥れようとか、体を改造しようとか、戦々恐々として生きていくだけの人生です。
ある尺度では自分はあの人のようにはなれない、というのが分かっていても、例えば羽生選手の演技を見て、あのようになりたい、と思うのはスケートはできなくても、あの場に立っている羽生選手の生き方から学んでいるのではないでしょうか。

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