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2017年6月

2017年6月26日 (月)

国際派日本人養成講座

皆様

本日はひふみともこ先生にご紹介いただいたWEBサイトをご紹介させていただきます。

「国際派日本人養成講座」というホームページで
http://blog.jog-net.jp/
となります。
日本人の真の姿を理解し、自虐史感に侵された誇りを取り
戻す一助になるのではないでしょうか。
メールマガジンも発行されており、その内容を一部抜粋
させていただきます。

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■■ Japan On the Globe(1009)■■ 国際派日本人養成講座 ■■

     国柄探訪: 「和の国」日本の世界一
            ~田中英道『日本史の中の世界一』から

日本史の中には数々の世界一があるが、その多くは国民が
志と力を合わせて成し遂げたものである。
■転送歓迎■ H29.06.11 ■ 50,928 Copies ■ 4,368,897Views■
無料購読申込・取消: http://blog.jog-net.jp/


■1.日本になぜこんなに世界一の事績があるのか

日本列島は世界の陸地面積のわずか0.2%、それも
ユーラシア大陸の片隅だ。そこに住んでいる日本人は
世界人口の約1.7%に過ぎない。
それなのに、なぜこんなに世界一が沢山あるのか。
これが『日本史の中の世界一』を読んで、まず感じた
疑問であった。

この本には世界最古の土器から戦後の高度成長まで、
世界一と言える日本の事跡が50も紹介されている。
それも単にそれらを並べただけではなく、美術史の
世界的大家・田中英道・東北大学名誉教授が編集し、
各分野での著名な専門家がその背景に至るまで
具体的に説明しているので、それらを生み出した
国柄に関する卓越した日本論となっている。

その国柄の一つとして、特に目立つのは、天才な
個人が現れて世界一を作り出したというよりも
(もちろんそのような事例もあるが)、多くの国民が
参加してその力を寄せ集めてなし遂げた事例が非常に
多い、ということである。


■2.式年遷宮というシステムの独創性

たとえば伊勢の神宮の20年ごとの式年遷宮。各神殿が
二つ並んだ敷地を持ち、ひとつの神殿が20年経って
古びた頃、隣の敷地に全く新しい神殿が建てられて、
神はそちらに遷られる。第一回の式年遷宮は
持統天皇4(690)年に行われたが、その時点では、
世界最古の木造建築物として今も残る法隆寺は
建立されていた。

そのような高度な建築技術を持っていたにも
かかわらず、飛鳥時代の先人たちは、その“最先端”
の技術を、伊勢神宮の建築には用いていない。

その代わりに、すぐに朽ち果てる弥生時代の
倉庫さながらの神殿を、二十年ごとに建て替えると
いう“神殿のリメイク・システム”を考案した
のである。

このシステムにより、神宮は古びることなく、
1300年以上も後の現代においても真新しい
ままでいる。

この式年遷宮というシステムの独創性に、
私は驚くほかない。しかし、そのシステムが、
はるか千三百年の時を超え、二十一世紀の今日まで
“生きている”ことは、さらなる驚きである。
世界史上、このような信仰に基づく、このような
システムが、このように長く続いている例は他にない。

さらに驚くべきは、この建て替えが内宮と外宮
という二つの「正宮」だけでなく、14の別宮と、
109の摂社、末社、所管社、すなわち合計
百二十五の神社すべてで行われる、ということである。
しかも建物だけでなく、「御装束」(神様の衣服)や
「御神宝」(お使いになる道具)も約800種、
2500点をすべて2千数百人の職人が長い歳月をかけて
作り直す。


■3.無数の多くの代々の国民が、力を合わせて続けてきた

御遷宮には1万本以上のヒノキが使われるが、
それらは木曽地方などの神宮備林で育てられる。
樹齢2、3百年の用材を大量に育てるための人々
がおり、用材を切り出す際には神事が行われる。

切り出された用材は直径1メートル近く、長さ
数メートルのものもある。それらを奉曳車に乗せて、
長さ100-500mの綱を200-5,000名の曳き手が
掛け声に従って引く「御木曳(おきびき)」という
行事もある。

平成18(2006)年から翌年にかけて行われた
第62回御遷宮の御木曳行事には一日神領民と
いう希望者が約7万7千人も参加した。
筆者は沿道でその行事を見学したが、日本全国から
集まった人々が,地域ごとに揃いの法被(はっぴ)
を着て、いかにも楽しそうに掛け声に
合わせて綱を引っ張っていた。

この第62回目御遷宮の総費用は550億円と
いう。神宮を参拝した人々のお賽銭や、篤志家・
企業などからの寄付、さらには全国の神社での
神宮大麻(おふだ)の販売などによって
まかなわれている。いわば国民の多くが御遷宮を
支えているとも言えるのである。

このような大規模な御遷宮が過去1300年以上、
62回も続けられてきたという事は驚くべき
事実である。御遷宮は「続いてきた」のではない。
我が先人たち、それも無数の代々の国民が力を
合わせて「続けてきた」のである。
その努力こそ世界唯一というべきであろう。
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以上でまだ3分の一程度で、かなり読み応えのある
内容となっています。
ぜひ一度ご覧ください。

2017年6月23日 (金)

こんなの食べました

皆様

日本のだいたいの地域が梅雨入りし、今週は結構な雨が降ったところも多かったようです。
実は、今週は18日から本日までベトナムに行っており、ベトナムも雨季ですので発作的な土砂降りを味わってきました。

今回も、色々な出来事があったのですが、その中でも一番のイベントと呼べるものがこれでした。

  Drian00
なんだか動物の「肝」のように見えますが、実は植物です。
正解はこちら↓

Durian0
「果物の魔王」と呼ばれる「ドリアン」です。ベトナムの屋外レストランで友人たちとご飯を食べていると、おじさんが「ドリアンいらんかねぇ~」と売りに来ます。
臭いという事は以前から聞いていたので、いらないと言っていたのですが、それほど臭いも感じず、皆に食べてみろと言われて挑戦することにしました。

おじさんが器用に包丁のような物一本で分解してくれます。
皮は結構固そうですが、うまい事分解していきます。

Durian1_2
Durian3
ドリアンは固い皮の中にちょうどミカンのような袋が5つくらい入っている構成になっています。それをちょうど薄皮と薄皮の間で分解していくようなイメージでしょうか。
30cmくらいのドリアンから取り出された中身が全部で下の写真となります。

Durian4_2

オープンエアのレストランなのでにおいも全く気になりませんでした。中身の感触はプリンですね。豆腐よりもまったりした感じがしました。無理をしなくても、充分においしいと言えるレベルで大変、満足しました。

中には結構大きな種がありますので、それをがりっと行かないようには注意しなければなりませんが。

Durian5_2

次回はベトナムで食べたおかしな日本食?のお話を載せる予定です。

2017年6月11日 (日)

携帯電話からご連絡をいただきました皆様へ

携帯電話からお問い合わせをいただきました皆様

兵庫県三木市よりお問い合わせをいただきましたU様、SoftbankのiPhoneからお問い合わせをいただきましたK様(メール本文ではM様となっておりますが)、お返事をお待たせいたしておりまして 申し訳ございません。
何度かお返事を差し上げているのですが、おそらく携帯電話かスマホにて、着信拒否の設定がなされていると思われます。

ご本のお申し込みにつきましては、送料がかかる事もありましてその旨了解のお返事をいただいてから発送させていただいております。
誠に申し訳ございませんが、携帯電話の設定をご変更いただき、お返事をいただけましたら幸いでございます。

どうぞよろしくお願いいたします。

2017年6月 3日 (土)

大阪5月の会のひふみ先生のお話の要約(3)

大阪5月の会のひふみ先生のお話の要約(3)

宇宙の中で地球は地球の役割があるのだと思います。そして宇宙の調和の一端を担っています。宇宙全体が一つの生命体です。自分はその一部であり、自分がどのように生きていくと宇宙の調和に役立つのか、それを考えて生きなくてはなりません。それにより、すがすがしい神様の「気」を受け取ることができます。
受け取った「気」というのは、それをまた他の人のために使うものです。それを惜しがって自分の内部にため込んでいくと、執着などで気が穢れていきます。「気」を他者に分け与えること、小さいことでも他者を利する、それを行う事が非常に大事なのです。
その行いが祈りであり、祝詞なのです。そういうことを行うのだという事を神社で神様に宣言するのが祝詞なのです。

純粋無垢な心で神社にお参りし、祝詞を唱えることで神様は「気」を預けてくださいます。その「気」は自分がもらったものではありませんので、ため込むものではありません。必要な時に、必要なところに使うためのものなのです。
初めにも申し上げましたが、物事が自分の思い通りにいかなかったとしても、それで人を恨んだり、呪ったりしてはいけません。かえって自分の魂を汚すことになります。
この世の中に生まれてくることも人間心では自分の意志ではないように思えます。(もっとも前世で決めてきているとも言われてはいますが)100%自分の意志で決められることはほんのごく一部です。そして過去の行いの中で決められた今世の自分がある、ということです。

「いろは」は神から人へ、「ひふみ」は人から神への祈りだと言われています。
その循環が「いろは」「ひふみ」に表わされれています。言霊が循環して、「いろは」を発することで神様の祈りが自分の中に入ってくる、「ひふみ」で自分の祈りを神様に届ける、という循環なのです。
万葉集のように千年以上も前の言葉が今読んでも分かる、これはすばらしいことです。その言霊がことばの中に受け継がれており、世代を超えてつながっている。そこには言霊があり、その言霊を発することで人類は何万年も祝詞を唱え続けているという事なのです。

人の祈り、言霊を聞く事で神様もまた力を得られ、そのお力を人に分けていただけるのです。
言霊の力をいただくためにも「いろは」「ひふみ」はぜひ声を出して奏上してください。

(終わりです)

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