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2016年12月

2016年12月23日 (金)

本日は天皇誕生日

本日、天皇陛下が83歳のお誕生日をお迎えになられました。
心よりお祝い申し上げるとともに、これからのご健康をお祈りいたしております。

天皇陛下は皇居での一般参賀にお出ましになられ、昨日の糸魚川の大火にもお触れになられました。一般参賀でのお言葉は次のとおりです。

誕生日に当たり、寄せられた祝意に対し、深く感謝致します。

 ニュースで伝えられたように、昨日は新潟で強風の中、大きな火災がありました。多くの人が寒さの中、避難を余儀なくされており、健康に障りのないことを願っています。

 冬至が過ぎ、今年もあとわずかとなりましたが、来年が明るく、また、穏やかな年となることを念じ、皆さんの健康と幸せを祈ります。

昨日の糸魚川の大火事で被災されました方々に、心よりお見舞い申しあげます。一日も早い、再起再興をお祈りいたしております。

2016年12月 9日 (金)

大阪11月の会のひふみ先生のお話(2)

皆様

前回に引き続きまして、大阪11月の会でのひふみともこ先生のお話の要約を掲載させていただきます。
テーマは「神様のお名前について」で、内容につきましては
http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-ba5c.html
となります。

平成17年(2005年)10月16日 神様のお名前について

 

神様のお名前というものは、私はあまり気にしていないのですが、ある人からは自分の名前を言わないなんて失礼だ、と言われたことがあり、びっくりしました。
神様にはお名前はありません。また、神様のおられる世界には時間も空間もないそうです。臨死体験をされた方のお話を伺うと、気になる人の事に意識を飛ばすと、すぐにその場に行くことができるそうです。神様も同じで、すべての場所におられます。神様は物質ではありませんので、肉体を持つ私たちには想像できないのですが、どこにでも現れておられます。お隣の御堂筋に生えている銀杏の木にも、そこにいる虫にも神様は満ちています。しかし、それぞれの個体の中にバラバラにいらっしゃるのではなく、全てのものにつながっているのでお名前はないのです。イチョウの葉の一枚、虫の一匹にも神様のすべてが含まれています。
人が神様の名前だと言っているのは、その役割に名前を付けているだけで、それは神様の名前ではないということなのでしょうか。

 

しかし人間は名前で物を区別する生き物ですので、ついつい名前を付けて区別したり、差をつけてしまいます。それは方便ですので仕方がないのかもしれませんが、神様に名前を付けてその差をつけようとするのは、それは間違いです。虫一匹の命と人間ひとりの命が同じであるかどうかは難しいところですが、日本人の感性として「やれ打つな 蝿が手をする 足をする」という句にもあるようにその中にも一つの命としての「あはれ」を見ることは大事にしなければなりません。何のためらいもなく、害虫といえば殺虫剤で皆殺しするというような外国とは一線を画しています。

 

名前を付けることは方便なのですが、それで神様に、例えばどちらの宗教がえらいなどと言って、差をつけようとするのは人間の欲なのです。神様には空間がないので、どこででも拝めるのですが、人間には神棚とか仏壇とかがあった方が拝みやすいという事もひとつの方便としてあり得ることだと考えています。
人間の損得勘定で神様のお名前を勝手につけ、人の勝手に利用することこそ、神様のご意図に沿わない事なのです。

2016年12月 7日 (水)

大阪11月の会のひふみ先生のお話(1)

皆様

大変遅くなりましたが、11月26日の大阪 ひふみのつどいでのひふみともこ先生のお話をまとめましたので、2回に分けて掲載させていただきます。

前半は「真・善・美・愛」のテーマで、内容は
http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-58ef.html
となります。

平成17年(2005年)10月15日 真・善・美・愛について

「真・全・美・愛」というのは勉強会に来ている人からのご質問でした。
この四つは全て神の世界をあらわす言葉です。
真:まこと、正しいこと。
善:人の損得で考えるのではなく神の思いで考えること。
美:真であり善であることで本質が美しくなる。
愛:真・善・美がそろって「愛」を受け、与えられるようになる。
「真・善・美・愛」というものは限りなく循環してゆくものなのです。

人間の本質は「徳」だと言えます。しかし、色々な欲のせいでその徳性が歪められてしまいます。人間は互いに、人と人だけではなく、自然とも互いに助け合うものです。
「真・全・美・愛」の四つは神様の世界というか、お考えを表す言葉なのですが、今の世では、自分一人が良かれという考え方で行動することで、人の本来持つ「徳」を失っていく人が多いことを神様は嘆いておられます。
振り込め詐欺というような、人を疑う事を知らない人をだますという許せない犯罪も後を絶ちませんし、自然災害も続いています。人の心が荒むのも、災害が続くのも、人間の欲が自然を汚し、調和を乱しているのだ、という警告を行っていただいているのだと考えます。

事件、事故、災害の様子を見ていると、見ている方の気持ちが暗くなり、波動も下がってきます。それらの現象についてかわいそうだ、悲しい、と思うだけではなく、それらに込められた神様の思いを考え、やみくもに暗くならないように注意しなければなりません。
私たちは、皆、神様のお手伝いをしているのです。悪いことをする人を見ると、それに怒りを感じるのは自然の感情です。しかし、それに必要以上にとらわれることなく、すべての人の中にある「仏性」を見出さなければなりません。
以前、ダライ・ラマと村上和雄先生との対談の中で、村上先生の「ウサマ・ビン・ラディンにも仏性はあるのか?」という問い対し、ダライ・ラマは「ある」と明言されていました。怒りだけにとらわれるのではなく、神様の心にあるものを見出す努力をしなければなりません。「怒りは正義」だと思うかもしれませんが、それに囚われて報復という事を繰り返すことは神様の願いではありません。
不快なニュースを見て、あまりに憎み続けることは、神様の目から見るとそれこそが人間のおごりだと言えます。人間界での正義、善悪は神様の基準とは異なる場合が多いのです。どっちが悪いとか、良いとかという話ではないのです。両方の立場に学ぶことがあるのです。
病気になった人がいれば、看護する人が気づくことがあり、知人が亡くなったりした場合は、残された人が考える必要があるのです。
全てのでき事には意味がありますし、神様の世界からみると幸せと苦しみの帳尻はあっているのです。人を苦しめると自分に必ず帰ってきます。まずは自分のしたことをじっくり反省しなければなりません。人間心で理性的だと思って考えていても、知らず知らずのうちに心を汚すこともある、という事を気づいていただきたいと思います。

テレビのワイドショーで犯罪の報道で、あまりに詳細に内容を見たり聞いたりして、いやな思いで過ごすことになってしまう事も心の穢れを増すことになります。あまりいやなニュースは念入りに見ない方がいいのかもしれません。
そうかと言って、自分には関係ないと思って全く無視してしまうのもよくありません。
例えば、遠いところで地震で被害があった、というような場合にも、間接的にどこかで自分も苦しんでいることを理解していただきたいのです。人は何とでもつながっているのですから。
私は今日、新幹線で大阪に来ましたが、その工事には大変たくさんの方々の努力がありました。それだけではなく、無数の数えきれない人のおかげで、今日ここでお話しさせていただける自分があります。直接、間接に人だけではない誰かのお世話に、必ずなっているのです。
どこまでつながるんだ、と考えるときりがないのですが、全てが誰かのおかげで今、こうしていられるのだという幸せを感じ取らなければなりません。
そういう見方を養ってゆくと自分の心も変わり、身体も変わってゆきます。身体か、心か、はどちらが先というものではないのですが、互いに関係しているのは間違いありません。
そう感じる習慣をつけていくことで心が神様に向かって開かれていくのです。

お金や物に囚われている人は、顔を見るとわかるようになってしまいます。悪人も必要悪という事なのでしょうか、しかし、どこかで苦しんでいるはずです。
神様に心を閉ざすという事は、執着が多いという事です。いろいろなものからいただいている恩恵に気づくことで「徳」が目を覚まします。徳というのは仏性と言い換えてもいいかもしれません。

自分の使命というのも何度もお話ししていますが、それに対して難しく考えることはありません。家族のなかでは、朝起きたら「おはよう」と挨拶する、靴をそろえる、脱いだ服を片付けておく、このようなところから始めればいいのです。外国の方が日本の旅館に泊まり、脱いだスリッパがきれいに揃えられていることにびっくりするというお話を聞きますが、それを自然にできるのが日本人の徳性です。先月もゴミを拾うお話をさせていただきましたが、そのように小さいことから始めて、積み重ねてゆくと最終的な「使命」につながっていくのです。できることから進めていきましょう。

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