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2016年9月

2016年9月26日 (月)

神から人へ(下)、続神誥記の在庫が無くなりました

皆様

このところ、連日、ひふみともこ先生のご本のお申し込みをいただきましてありがとうございます。お問い合わせをいただいてから発送まで時間がかかり、誠に申し訳ありません。

重ねてのお詫びになりますが、「神から人へ(下巻)」「続神誥記」の在庫が底をついてしまいました。次回の入荷は10月5日以降になる予定です。

「神から人へ(上巻)」「神誥記」につきましては、まだ、在庫はございます。

ご迷惑をおかけいたしますが、今しばらくお時間いただけますようお願い申し上げます。

2016年9月10日 (土)

大阪9月の会のひふみともこ先生のお話

皆様

本日は、9月3日の大阪 ひふみのつどいでのひふみともこ先生のお話の続きを掲載させていただきます。

平成17(2005) 922日 新しい御世とはどのような御世なのか。

神の世の立て替えはいつ行われるのですか、どのような世界なのですか、ということをよく聞かれます。21世紀になる前は、今のようにテロが頻発する世の中になるとは誰が想像したでしょうか?もっと平和な世界になると思っていたのではないでしょうか。

私自身、この文章を書いた日には、今のような世の中になるとは全く思っていませんでした。「人類史上最大の危難危急の時代」だと言われても、実感がなかったのですが、それがこの10年で状況は急激に悪化していることに驚かざるをえません。

神様が人間に望んでおられる世界というものは、人の礎となるような人が世の中にあふれている状態です。

神様に近づこうとして、結局、実生活で多くの障害ばかりに気づき、例えば「物欲はなくせないので無理です」となってしまう場合もあるでしょう。しかし、完全を目指して「無理だ」と頭で考えるのではなく、「物欲をなくすようになりたい」と考える、努力することが神様の望まれる「素直さ」なのです。神様が「必ず訪れる」とおっしゃっていますので、必ずそのような世の中がやってきます。テロもなくなります。文明世界での利器に頼らなくても生きてゆけるようになります。

ただ、それに向かって努力しなければ、現在の人のほとんどはその世界に移れないともおしゃっています。まずは純粋無垢な魂に立ち戻ることを目指さなければなりません。

生きとし生きるものすべての平和を願う、そして自分はそうなれるのだ、と信じる事がその第一歩です。神様は全ての人が魂の昇華をしたいと思えばそうなれると信じておられます。それを人間が信じるかどうかで、その人の魂の次元が上がります。その人が少しずつでも我欲我執を減らすことを決してあきらめないことが大切なのです。

一時に我欲我執をすべて無くすことはできませんが、一生かかれば可能です。

何にでも「はい、はい」という事が素直であるという事ではありません。神様を信じて、自分を信じて、最後には我利我欲我執を捨てられる、素直にそう思えるかどうかが大切です。いきなり黒が白に変わるのではありません。少しずつ、時間をかけた積み重ねが必要なのです。

東日本大震災の時に海が荒れ、名産だったカキの養殖事業が壊滅状態になりました。一時的には泥とプランクトンの大量発生で海は濁り、誰もが再びカキが取れるとは思えなかったようです。しかし、海がおさまるとかえって海の栄養源が多くっており、単なる回復ではなく、震災以前より海は豊かになっていたのです。カキの養殖を再開すると、それまで育つのに2~3年かかっていた大きさに1年で育ったという事です。津波が海を豊かにしたのです。このように自然には自浄作用があります。同じように人間の魂にも自浄作用があります。

生きとし生きるすべてのもの、自然を大事にすることは自然との助け合いであるといえます。鈴木孝夫先生の著書の中にあった内容ですが、現在では食物連鎖がどんどん崩れているということです。世界に個体数が100万を超える「野生の」大型動物は一種もいないそうです。逆に、人間が管理して増やしている動物(牛や鶏などの家畜)は44億頭まで増えているということです。

どうすれば神様の真意に沿った生き方ができるのか。これはその人ごとに異なります。

ただ、神様の真意を少しでも実践するとか、これまでの生き方を変えるというとこれらはとても難しく考えてしまうのですが、やさしい言葉をかける、できるだけ無駄をなくす、電気を消す、など小さなことを積み重ねてゆくことは誰にでもできるのではないでしょうか。命あるものは最後まで使い切る、最後まで活用するというのが日本人の昔からの考え方です。また、以前の会でもお話ししましたが「早寝早起き」「整理整頓」でもいいのです。

その積み重ねが家庭を幸せにする、それが地域にひろがり、町に広がり、国に広がります。

こうした積み重ねを進めてゆくと、次に自分が何をすべきか、行うべきことが分かってきます。それが神様の望まれている生活というものです。

神の願いをどのように日々の生活に活かせばいいのか、ということについては大きなことを考えなくてもいいのです。ただただ「素直」に歩んでいきましょう。

2016年9月 7日 (水)

大阪9月の会のひふみ先生のお話

皆様

遅くなりましたが、9月3日の大阪 ひふみのつどいでのひふみともこ先生のお話の要約を掲載させていただきます。
長文になりますので、2回に分けてのご紹介となります。

平成2693日 大阪の会の要約

前回から2ヶ月経ちましたが、皆さまはどのようにお過ごしでしたでしょうか?また、この2ヶ月間にいろいろな事がありましたが、一番心に残った出来事は何だったでしょうか?

オリンピックもありました。個人的に心に残っているものは体操の内村選手の2連覇でした。逆転劇も多く、柔道や卓球ももう駄目だというところから、勝利を掴みました。力量だけではなく、日本人が精神面を鍛えた結果ではないかと思います。メジャー通算3000安打を達成したイチロー選手も無欲というか、プレッシャーに打ち勝って、やるべきことを淡々と行っているように見えます。これが日本人の精神性の強さかもしれません。

鈴木孝夫さんという言語社会学者で慶応大学の名誉教授がお書きになった『日本の感性が世界を変える 言語生態学的文明論』(新潮新書)というご本はぜひお読みいただきたいと思います。鈴木先生には『日本人はなぜ日本を愛せないのか』とか『日本語教のすすめ』など数多くの著書があるのですが、この中で日本語というのがいかに平和的な言語か、という事を語っておられます。英語では必ず主語を言う、それにより相手と自分との区別を明確に行います。しかし日本語では相手も自分も同じ立場で話す、考えるという事が自然と行われています。

日本語は英語や中国語にくらべて、人をけなす、馬鹿にするという意味の表現が少ないそうです。また、物事をはっきりとは断らないということも特徴の一つです。その言葉を使う中で、自然と相手を思いやることになるという事です。

「タタミゼ効果」という言葉がフランス語にある、という事も書かれています。この「タタミ」は日本の「畳」のことで、「日本かぶれする、日本びいきになる」という意味だそうです。外国人が日本に来て日本語を学んでいるうちに、相手を思いやるとか、やさしくなるという効果が説明されています。

物でも道具でも大事にする、針供養、人形供養や鯨塚など不要になったものの供養をきちんとする。虫の鳴き方についても童謡「虫の声」の歌にある通り様々に聞き分けていますし、セミの鳴き方についてもミーンミーン、カナカナなど、それぞれ個性を見出しています。英語では「セミの鳴き声」といっても特定の音を連想されることはなく、単なる雑音としかとらえていないそうです。また、中国では「虫」は一緒くたに「虫」、「花」はすべて「花」という雑な感性になってしまっているようです。

日本はものをいつくしむ心とともに、科学技術でも最先端を走っています。ここが他国との大きな違いです。

農業でも海外では害虫を駆除するにはヘリコプターで農薬を大量に撒きます。一時的には害虫もいなくなるのですが、その後はその虫を食べていた鳥もいなくなる、土壌も汚染されてしまい、結局元には戻らないのです。

このような点から世界を救えるのは日本だと神様はおっしゃっています。

これらの内容は「神から人へ」に書いてあることに共通するものです。神様からのお言葉は神様の世界だけのものではなく、人の生活の中のいたるところに存在しているのです。

自然を人間の都合で変えてしまっているから、土砂崩れや、河川の氾濫を招いています。

私達が真剣に考えること、私達の心が変わっていくことが立て替え、立て直しにつながります。日本人が始めなければ世界は変わりません。

日本語が世界を平和にするのであれば、その日本語を教える良い先生を育ててゆく必要があります。そのために言語学的な知識だけではなく、日本人が私たちの国、日本に誇りを持つことが必要です。鈴木先生は如何に自虐史観にとらわれているか、という事を憂いておられます。

日本人は大東亜戦争においても、単に植民地化して搾取するのではなく、学校を作って教育をしたり、橋や道路などを建設してインフラを整備したり、さらには現地の人たちと共に独立のために戦ったりしています。そういうことをもっともっと私たちは知らなければならないし、伝えていかなければなりません。戦争で亡くなった方たちを「悪いことをした」「残虐なことをした」として非難したり恥じたりすることは、祖に方たちの名誉を傷つける大変失礼なことです。一人の日本人として行わなければならないことは、少しでもこれまでの自虐史観からの束縛を離れ、次世代に日本の良さを正しく伝えていくことなのです。「言葉を正しく使え」ということが何度も言われていますが、それは「正しい歴史を伝えること」でもあるのでしょう。


2016年9月 4日 (日)

大阪9月の会が終了いたしました

皆様

昨日(9月3日)、大阪 難波神社様での「ひふみのつどい」を無事に終了させていただきました。御堂筋のイチョウの木には銀杏の実が目立つようになっていて、若干ですが、秋めいたお天気の中、12名の方々にご参加いただきました。本当にありがとうございました。
昨日の先生のお話につきましては、別途公開させていただきます。

次回の大阪の会は、当初の予定とは変更になっておりまして
11月26日(土) 14時より
の開催とさせていただきます。

お知り合いの方にもご連絡をいただけましたら幸いでございます。
どうぞよろしくお願いいたします。

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